みなさん、こんにちは。
しばらく更新できませんでした(秋冬は入学センターは忙しいんですよ)。
ようやくセンター入試も終わったところに、少し前に図書館のニューズレターに寄稿した「ヴォーリズ建築」についてのエッセイが印刷されて戻されてきました。それを再録します。
その前に、どうしてこんなエッセイを書いたのか、その趣旨説明をひとこと。
この学校を志望している高校生のみなさんも、してないみなさんも、「校舎」とは何かについて考えたことって、あまりないと思います。
でもね、校舎って、すごくだいじですよ。
例えば、「大きな声を張り上げないと隣の人とも話ができないような騒音の中」ではもちろん授業なんかできません。
けれども、そこまでひどくなくても、「声が気持ち悪く残響する教室」にいると、授業しているときにどんどんテンションが下がってくるのがわかります。
自分のしゃべった声が少し遅れてリバーブすると、自分が「バカみたい」に思えるんです。
ところが、このリバーブ(「ってなんだよ」とイラついたあなた、英和辞典を引きましょうね。Reverb)の遅れが微妙な場合はですね、逆に「言っていることがすごく賢そうに聞こえる」という効果があるんです。
ほんとに。
「自分がバカみたいに思える」残響時間と、「自分が賢く思える」残響時間の差って、たぶんコンマ何秒の差なんです。
でも、その差は、長期的に統計をとれば、あきらかにその教室で営まれる知的営みの質に影響を与えます。
経験的には「そういうことって、あるよね」ということは高校生のみなさんにもわかるはずです。
でも、「そういうこと」を勘定に入れて、建物の設計をしている人はきわめて少ないと思います。
本学を設計したヴォーリズさんは、「そういうこと」を直感的にわかっていた稀有の建築家です。
だから、うちの大学の校舎は「すごい」ですよ。
ほとんどの人はうちのキャンパスについて、審美的に、外形的に「きれいですね」ということしか言いませんけれど、校舎の一義的な目的は「きれい」であることではありません。
そうじゃなくて、そこで学ぶ人たちの知性のパフォーマンスを向上させることです。
ヴォーリズの建物はどんなふうに「知性を向上させる」のか、それについて書きました。
6月に書いたこととちょっと「かぶり」ますけれど、読んでね。
「ヴォーリズ建築における学びの環境」
すでにあちこちで書いていることなので、繰り返すのは気が引けるのだが、たいせつなことなので、やはり書きとめておくことにする。それは本学のヴォーリズ建築は建築物そのものが学びの比喩になっているということである。
外形的にも本学の校舎は美しく、十分に審美的価値があると私は思うけれど、美はたぶんに主観的なものであり、これに一片の価値も見出さない人ももちろんいる。私は現にそのような人たちに会ったことがある。
もう覚えている方は少ないだろうけれど、震災よりだいぶ前に、某シンクタンクに本学の財政再建策の起案を依頼したことがあった。その年、私は組合の執行委員長であったので、従業員の立場から調査員たちのヒアリングを受けた。ヒアリングそのものはごく形式的なものであったが、そのときに調査員が「地価の高いうちに岡田山キャンパスを売り払って三田あたりに移転すればいいのに」と漏らした言葉に仰天したことを覚えている。どうしてこんな素晴らしいキャンパスを売り払わなければならないのか、その意味がわからなかった。改めてその理由を質したところ、「だって、こんな築六十年の建物なんて、なんの価値もないでしょう。修繕に金がかかるだけで、こんなものを残しておくのはお金をドブに棄てるようなものですよ」という答えを得た。
このキャンパスの価値を、彼らは地価と管理経費によってのみ数値的に考量しており、それ以外にはものの価値を量るものさしを持っていなかったようである。
あるいは彼らの方が「ふつう」で、びっくりした私の方が異常なのかも知れない。
現に、滋賀の豊郷小学校は1999年に当時の町長が老朽化と耐震性を理由に解体しようとしたし、東洋英和の校舎も同じような理由で取り壊された。
校舎の価値はそれが「校舎として」どう機能しているかを基準に考量されるべきであって、それが立っている地面の市場価格や修繕費用の多寡とは本質的にはかかわりがないと私は考えているが、それは必ずしも私たちの社会の常識ではないらしい(だが、少なくとも、耐震性について言えば、震災のときに1970年代に建てられた建築物は醜くひしゃげたが、ヴォーリズの建てた校舎はびくともしなかったことを強調しておかなければならない)。
ビジネスマインデッドな人々にはこの学舎の価値は見えにくい。けれども、それはこの建物を生活の場として、そこで研究と教育の日々を送っているとゆっくりと身にしみてくる。
私がこの学舎に隠された巧妙な「仕掛け」に気づいたのは、着任して5年後に経験した震災の後の復旧工事のときのことである。
それまで私は図書館本館に研究室を与えられていたが、そこと文学館のいくつかの教室しか知らず、理学館にも総務館にもほとんど足を踏み入れたことがなかった。復旧作業に従事していた私たちは、作業の必要上、ヴォーリズ設計の建物を一部屋一部屋踏破することになった。そして、廊下から見ただけではわからないほどにこの建築物が巧妙なつくりになっていることを教えられた。
理学館に3階があり、さらに六甲を望むすばらしい眺望の屋上があることを知ったのはこのときである。この屋上は文学館からも中庭からも見えない。一見左右対称に見える文学館と理学館のあいだにこのような仕掛けがあることに気づかないまま卒業していった学生は数えきれないだろう。
図書館本館の3階には「ギャラリー」がある。学生たちが静かに仮眠をとることのできるこの特権的スペースに眠りを妨げるものが乱入しないように、この場所を愛用する学生たちはその存在についての言及を控えていた。
総務館の二階の理事室の後ろに「隠しトイレ」があることを知ったのはほんの数年前のことである。そのトイレは藤棚横の銀杏を正面に見る北向きの窓が開いており、私の知る限り、このキャンパス内でもっとも眺望のよいトイレであった。
もうおわかりいただけたと思うが、ヴォーリズ建築の「仕掛け」の原理は「扉を開けなければ、扉の向こうに何があるかはわからない」ということである。
私はこれを「学びの比喩」と呼んだのである。
教育を功利的な語法で語る人は、教育の価値はそれが子どもたちにどのような利益をもたらすかによって考量されると信じている。だから、換金性の高い知識や技術を目の前に差し出せば、子どもたちは争ってそれを学ぶし、学力が低い人間を社会の低位に格付けして、これを差別し、罰を与えれば、子どもたちは争って学ぶはずだと考える。「キャロット&スティック」教育観である。
けれども、教育の唯一の動機づけは経済合理性であるというこの貧しい人間観が採用されて以来、日本の子どもたちの学力は底なしに低下し続けている。それはこの人間観は学びのダイナミズムをとらえていないからである。
私たち自身が経験的に熟知しているように、私たちの学びへの意欲がもっとも亢進するのは、「これから学ぶことの意味や価値がよくわからない」のだが、「それにもかかわらずはげしくそれに惹きつけられる」状況においてである。
ヴォーリズの「仕掛け」は「その扉を自分の手で押してみないと、その先の風景はわからない」という原理に貫かれている。
だから、あちこちに意味の知れないへこみがあり、隠し階段があり、隠し扉がある。一階と二階では間取りが違う。一階ではこの場所に「これ」があったから二階にも同じものがあるだろうという類推はヴォーリズの建物では効かない。
扉の前に扉の向こうに何があるか、自分が進む廊下の先に何があるのか、それを学生たちは事前には開示されていない。自分の判断で、自分の手でドアノブを押し回したものだけに扉の向こうに踏み込む権利が生じる。どの扉の前に立つべきなのか。それについての一覧的な情報は開示されない。それは自分で選ばなければならない。
「学びの比喩」というのはそのような意味を指している。
ヴォーリズ建築がそのようにメタフォリカルなものであることを学び知るまでに私は二十年近い歳月を要した。
学舎そのものがそこで生きる人々に人間的成熟を要求するような建物というものが存在しうるということを知るまでに、私にはそれだけの時間が必要だったのである。
神戸女学院大学文学部総合文化学科教授。2009年度より本学入試部長。専門はフランス現代思想だが、教育論から身体論、映画論まで幅広い。また、武道家でもあり大学の合気道部と杖道会で実技の指導を行っている。「街場の教育論」ほか、教育についての提言も多数。